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山羊の歌


みちこ

 みちこ
 汚れつちまつた悲しみに
 無題
 更くる夜
 つみびとの歌

みちこ


そなたの胸は海のやう
おほらかにこそうちあぐる。
はるかなる空、あをき浪、
涼しかぜさへ吹きそひて
松の梢をわたりつつ
磯白々とつづきけり。

またなが目にはかの空の
いやはてまでもうつしゐて
並びくるなみ、渚なみ、
いとすみやかにうつろいぬ。
みるとしもなく、ま帆片帆
沖ゆく舟にみとれたる。

またその■(ぬか)の美しさ
ふと物音におどろきて
午睡の夢をさまされし
牝牛のごとも、あどけなく
かろやかにまたしとやかに
もたげられ、さてうち俯しぬ。

しどけなき、なれが頸は虹にして
ちからなき、嬰児ごとき腕して
絃うたあはせはやきふし、なれの踊れば、
海原はなみだぐましき金にして夕陽をたたへ
沖つ瀬は、いよとほく、かしこしづかにうるほへる
空になん、汝の息絶ゆるとわれはながめぬ。


渚(なぎさ) 牝牛(をうし) 頸(うなじ) 嬰児(みどりご) 腕(かひな)して 絃(いと) 金(きん) 汝(な)
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汚れつちまつた悲しみに……


汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の革■(ごろも)
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠のうちに死を夢む

汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところもなく日は暮れる……


革■(かわごろも) 倦怠(けだい) 怖気(おぢけ)づき
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無 題


   T

こひ人よ、おまへがやさしくしてくれるのに、
私は強情だ。ゆうべもおまへと別れてのち、
酒をのみ、弱い人に毒づいた。今朝
目が覚めて、おまへのやさしさを思ひ出しながら
私は私のけがらはしさを歎いてゐる、そして
正体もなく、今茲に告白をする、恥もなく、
品位もなく、かといつて正直さもなく
私は私の幻想に駆られて、狂ひ廻る。
人の気持ちをみようとするやうなことはつひになく、
こひ人よ、おまへがやさしくしてくれるのに、
私は頑なで、子供のやうに我儘だつた!
目が覚めて、宿酔の厭ふべき頭の中で、
戸の外の、寒い朝らしい気配を感じながら
私はおまへのやさしさを思ひ、また毒づいた人を思ひ出す。
そしてもう、私はなんのことだか分らなくて悲しく、
今朝はもはや私がくだらない奴だと、自ら信ずる!

   U

彼女の心は真つ直い!
彼女は荒々しく育ち、
たよりもなく、心を汲んでも
もらへない、乱雑な中に
生きてきたが、彼女の心は
私のより真つ直いそしてぐらつかない。

彼女は美しい。わいだめもない世の渦の中に
彼女は賢くつつましく生きてゐる。
あまりにわいだめもない世の渦のために、
折に心が弱り、弱々しく躁ぎはするが、
而もなほ、最後の品位をなくしはしない
彼女は美しい、そして賢い!

嘗て彼女の魂が、どんなにやさしい心をもとめてゐたかは!
しかしいまではもう諦めてしまつてさへゐる。
我利々々で、幼稚な、獣や子供にしか、
彼女は出遇はなかつた。おまけに彼女はそれと識らずに、
唯、人といふ人が、みんなやくざなんだと思つてゐる。
そして少しはいぢけてゐる。彼女は可哀想だ!

   V

かくは悲しく生きん世に、なが心
かたくなにしてあらしめな。
われはわが、したしさにはあらんとねがへば
なが心、かたくなにしてあらしめな。

かたくなにしてあるときは、心に眼
魂に、言葉のはたらきあとを絶つ
なごやかにしてあらんとき、人みなは生れしながらの
うまし夢、またそがことはり分ち得ん。

おのが心も魂も、忘れはて棄て去りて
悪酔の、狂ひ心地に美を索む
わが世のさまのかなしさや、

おのが心におのがじし湧きくるおもひもたずして、
人に勝らん心のみいそがわしき
熱を病む風景ばかりかなしきはなし。

   W

私はおまへのことを思つてゐるよ。
いとほしい、なごやかに澄んだ気持の中に、
昼も夜も浸つてゐるよ、
まるで自分を罪人ででもあるやうに感じて。

私はおまへを愛してゐるよ、精一杯だよ。
いろんなことが考へられもするが、考へられても
それはどうにもならないことだしするから、
私は身を棄ててお前に尽さうと思ふよ。

またさうすることのほかには、私にはもはや
希望も目的も見出せないのだから
さうすることは、私には幸福なんだ。

幸福なんだ、世の煩ひのすべてを忘れて、
いかなることとも知らないで、私は
おまへに尽せるんだから幸福だ!

   X 幸福

幸福は厩の中にゐる
藁の上に。
幸福は
和める心には一挙にして分る。

  頑なの心は、不幸でいらいらして、
  せめてめまぐるしいものや
  数々のものに心を紛らす。
  そして益々不幸だ。

幸福は、休んでゐる
そして明らかになすべきことを
少しづつ持ち、
幸福は、理解に富んでゐる。

  頑なの心は、理解に欠けて、
  なすべきをしらず、ただ利に走り、
  意気鎖沈して、怒りやすく、
  人に嫌はれて、自らも悲しい。

されば人よ、つねにまづ従はんとせよ。
従ひて、迎へられんとには非ず、
従ふことのみ学びとなるべく、学びて
汝が品格を高め、そが働きの裕かとならんため!


茲(こと) 頑(かたく)な 我儘(わがまま) 宿酔(ふつかよひ) 厭(いと)ふ 自(みづか)ら 躁(さわ)ぎ 而(しか)も 嘗(かつ)て 獣(けもの) 出遇(であ)はなかつた 識(し)らず 眼(まなこ) 生(あ)れし 索(もと)む 勝(まさ)らん 煩(わづら)ひ 厩(うまや) 藁(わら) 益々(ますます) 裕(ゆた)か
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更くる夜

    内海誓一郎に


毎晩々々、夜が更けると、近所の湯屋の
  水汲む音がきこえます。
流された残り湯が湯気となつて立ち、
  昔ながらの真つ黒い武蔵野の夜です。
おつとり霧も立罩めて
  その上に月が明るみます、
と、犬の遠吠がします。

その頃です、僕が囲炉裏の前で、
  あえかな夢をみますのは。
随分……今では損はれてはゐるものの
  今でもやさしい心があつて、
こんな晩ではそれが徐かに呟きだすのを、
  感謝にみちて聴きいるのです、
感謝にみちて聴きいるのです。


更(ふ)ける 立罩(たちこ)めて 囲炉裏(ゐろり) 徐(しづ)か
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つみびとの歌

      阿部六郎に


わが生は、下手な植木師らに
あまりに夙く、手を入れられた悲しさよ!
由来わが血の大方は
頭にのぼり、煮え返り、滾り泡だつ。

おちつきがなく、あせり心地に、
つねに外界に索めんとする。
その行ひは愚かで、
その考へは分ち難い。

かくてこのあはれなる木は、
粗硬な樹皮を、空と風とに、
心はたえず、追惜のおもひに沈み、

懶懦にして、とぎれとぎれの仕草をもち、
人にむかつては心弱く、諂ひがちに、かくて
われにもない、愚事のかぎりを仕出来してしまふ。


夙(はや)く 滾(たぎ)り 索(もと)めん 懶懦(らんだ) 諂(へつら)ひ 仕出来(しでか)し
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last update 2000/1/1
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